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れきたん歴史人物伝
れきたん歴史人物伝は、歴史上の有名人の誕生日と主な歴史的な出来事を紹介するコーナーです。月に一回程度の割合で更新の予定です。(バックナンバーはこのページの最後にもまとめてあります)


11月号 2009年11月30日更新

【今月の歴史人物】
人々をひきつける歴史の有名人
坂本龍馬
天保6(1835).11.15〜慶応3(1867).11.15

今月号のイラスト
◆高知生まれのさかも土佐
(C) イラストレーション:結木さくら


11月の主な誕生人物
01日萩原朔太郎/詩人
02日マリー・アントワネット/フランス王妃
02日後醍醐天皇/第96代天皇
03日武田信玄/戦国時代の大名
03日田中正造/政治家
04日隠元隆(埼)/江戸時代の僧
04日泉鏡花/小説家
04日有馬新七/志士
05日市村羽左衛門(15代)/歌舞伎役者
05日サバティエ/化学者
06日鮎川義介/実業家
07日キュリー(マリー)/物理学者
07日ヴィリエ・ド・リラダン/小説家
08日ロールシャッハ/精神医学者
09日野口英世/細菌学者
10日ルター/宗教改革者
10日シラー/詩人
11日乃木希典/軍人
11日川上操六/軍人
12日孫文/政治家、革命家
12日シャルル/物理学者
12日ブッセ/詩人
13日アウグスティヌス/神学者
13日スティーブンソン/小説家
13日岸信介/政治家
14日見原益軒/江戸時代の儒者
14日ネルー/政治家
15日坂本竜馬/幕末の志士
15日ハーシェル/天文学者
15日芦田均/政治家
16日北村透谷/詩人、評論家
16日ダランベール/政治家
17日ルイ十八世/フランス国王
18日ダ・ゲール/画家、写真家
19日ディルタイ/哲学者
19日毛沢東/政治家
20日ラゲルレーフ/小説家
20日尾崎行雄/政治家
20日ハッブル/天文学者
21日ヴォルテール/哲学者
22日ド・ゴール/政治家、軍人
23日ファリャ/作曲家
24日バーネット/小説家
24日スピノザ/哲学者
24日ロートレック/画家
25日カーネギー/実業家
25日安藤信正/老中
26日アームストロング/技術者、実業家
27日セルシウス/天文学者、物理学者
27日松下幸之助/実業家
28日桂太郎/政治家、軍人
28日寺田寅彦/作家、物理学者
29日オルコット/小説家
29日フレミング/技術者
30日マーク・トゥエイン/小説家
30日チャーチル/政治家

今月取り上げるのは、ご存知、坂本龍馬の生涯です。幕末のみならず、日本史上を見渡しても指折りの有名人と言える龍馬。その生涯を、あらためて辿ってみましょう。

「幕末」の中へ
坂本龍馬は天保6(1835)年11月15日、土佐(現在の高知県)に生まれました。「龍馬」というのは普段使いの通称で、正式な名は「直柔(なおなり)」といいます。
実家は下級武士の家だったものの、代々の武家ではありません。もともとは商家であり、そこから武士の身分を買い取って分家したのが、龍馬の坂本家です。龍馬は後に海運会社を立ち上げますが、その才はもしかしたら先祖から受け継いだものだったのかも知れません。
幼少期の龍馬は劣等生だったとも言われますが、具体的なことはあまり伝わっていません。ともかく、学問をし、剣術をし、ごく普通の地方武士として成長していったようです。
18の時、龍馬は江戸に出ます。今で言うところの留学で、主目的は剣術の修行です。途中、2年ほど帰郷していますが、それを挟み、龍馬の江戸留学は23歳まで続きました。剣技も免許皆伝まで進んでいます。腕前は相当なものだったのでしょう。
さて、この江戸留学において龍馬は黒船の来航に遭遇しています。それに伴う政治の混乱も目の当たりにしたはずです。当時の龍馬は外国人排斥、すなわち攘夷の思想を素朴に抱いていたようですが、この時の経験が、「国家」や「世界」を意識した最初だったかも知れません。幕末に活躍する有名人物の多くがそうであったように、龍馬も黒船来航のインパクトをじかに受けていた。そう考えると、幕末史とはやはり一つの大きな流れであることを感じます。
江戸から土佐に帰った龍馬は、地元の志士で勤王派の武市瑞山(半平太)の結成した土佐勤王党に入り、政治活動へと深く関わってゆきます。しかし、勤王党の活動は過激でした(その過激さも一因となり、後に勤王党は崩壊してしまいます)。龍馬にとっても肌に合わなかったのか、土佐を脱藩し、他の土地で活動するという道を選ぶのです。
ちなみに、脱藩というのは文字通り、藩を脱出すること。普通は無断で藩を去ることを指します。江戸時代の日本は、まず日本という国があってそれが藩に分かれていたものではありません。むしろ、藩という準独立国家が集合して日本というカタマリを形成していたというイメージの方が正確でしょう。つまり、脱藩というのは、国家からこっそりと逃亡する行為とほとんど同じでした。重罪です。龍馬はそういう強引な手順を経て、幕末という時代の中心へ、本格的に足を踏み入れたのです。龍馬はまさに行動力の人でした。
脱藩した龍馬はやがて江戸に入り、そこである人物と出会います。その人物とは、勝海舟でした。

勝との日々
勝海舟と面会した時、龍馬は勝を「殺そうとしていた」といいます。実際にはどうだったか分かりませんが、後に勝はそう回想しています。それはともかく、龍馬はこの時点ではただの地方武士ですし、当時さかんに唱えられていた尊王攘夷論に影響されて、幕府随一の開国派・開明派である勝を快く思っていなかったということはあったかもしれません。
さて、こうして勝との面会を終えた龍馬はどうしたでしょうか。意外なことに、勝の弟子になってしまうのです。勝の語る攘夷の無謀さや世界情勢。それらの言葉に納得し、心服したからだと言われています。以後、龍馬は勝の傍につかえます。神戸の幕府海軍操練所(勝の尽力で設立された施設でした)で学びつつ、勝自身からも政治や思想について吸収する日々を過ごすのです。並外れた行動派であることを除けば、素朴な地方武士に過ぎなかった龍馬にとって、これはどれほど貴重な期間だったことでしょう。龍馬の実際的な知識と世界を捉える広い視野は、おそらくこの期間に獲得されました。勝との出会いこそが、現在語られる「坂本龍馬」を生んだと言ってもいいかもしれません。なお、土佐を脱藩した罪は、勝の尽力によって赦されています。もっとも、土佐藩との関係が悪化し、まもなく再脱藩してしまうというオチもついていますが。

一人で歩く
勝のもとで能力を高めていた龍馬ですが、いよいよその傍を離れる日がやってきました。直接のきっかけは、勝が幕府の役職(軍艦奉行)を辞めさせられたことです。開明派の勝はもともと幕府内の保守派の受けが悪かったのです。そこに、池田屋事件(※)で襲撃された尊攘派志士の中に勝の生徒がいたことなどが重なって、ついに地位を失うということになったのでした。
以後、龍馬は単独で活動を行う道を選びます。組織ゆえの勝の挫折を見、もはやただ一人で、幕末政治地図の中を駆け回ろうと肚を決めたのでしょうか。
しかし、よく知られているように、この後の龍馬の活躍は目覚ましいものがあります。勝との交流の中で培った薩摩人脈などを元手に、龍馬は当時の勢力図を塗り替えるような働きを見せます。幕府の政治が行き詰まる中、二大雄藩が争ってはいかぬと、中岡慎太郎らとともに薩長同盟の成立を斡旋したのは、その最も大きな功績でしょう。その後、龍馬は再脱藩の罪も赦され、土佐藩の坂本龍馬として三たび活動を開始します。
またこの頃、龍馬はお龍(おりょう)という女性と結婚しています。この女性と二人で薩摩へ旅行に行ったのが、日本における最初の新婚旅行という説があるのは、知っている方も多いことと思います。
※池田屋事件…元治元(1864)年に起こった幕府勢力(新選組)による尊攘派志士襲撃事件

船中八策と海援隊
薩長同盟の成立後、時代はいよいよ江戸幕府の崩壊に向かっていましたが、その着地点についての構想を、龍馬は持っていました。それは、龍馬が土佐の藩船の中でまとめた「船中八策」という提案の中にある「大政奉還」構想でした。「船中八策」はやがて龍馬の手を離れ、土佐藩主山内容堂へと渡りました。容堂はこれを基礎に大政奉還の建白書を将軍徳川慶喜に示したとされます。そして、この建白書により、慶喜は大政奉還を決断するのです。大政奉還が即龍馬の手柄というのは言い過ぎでしょうが、時代をひっくり返した重大な決断(=大政奉還)に、龍馬が関わっていたのは確かでしょう。
また、龍馬のほかの事績で有名なものに、海運会社の設立があります。勝のもとを離れてまもなく、龍馬は亀山社中という組織を立ち上げ、西洋銃の取引や人材の育成などに携わりました。組織はやがて軌道に乗り、後に海援隊と名を変え、土佐藩公認となりました。日本初の会社組織とも言われることもある組織です。勝のもとを離れてのち、上記までの龍馬の働きは、この会社と所属の人材をうまく動かして成し遂げられたという側面もあります。

変わっているから魅力的
龍馬が死んだのは慶応3(1867)年のことでした。日にちは11月15日の誕生日。暗殺による死でした。京都の商家・近江屋で、中岡慎太郎といたところを刺客に襲われたものです。龍馬はほぼ即死、中岡も翌々日に息を引き取ったと伝えられます。刺客が誰だったについては数々の説がありますが、幕府の京都見廻組によるものという説が最も有力です。
坂本龍馬とは変わった人物です。藩など屁とも思っていないかのように脱藩したかと思えば、突如幕閣の重要人物である勝に弟子入りしてしまう。あれこれしているうちに脱藩の罪はいつのまにか無くなり、藩公認の組織のトップにまでおさまっている。よく言えば自由自在で柔軟ですが、悪く言えばあまりに軽い。しかし、それこそが龍馬の魅力なのでしょう。柔軟に、軽々と生きたその生涯は魅力的で、何より想像の余地を与えてくれます。
坂本龍馬。今もたくさんの人々が、彼の生涯を追い、彼の考えていたことを知ろうとしています。

 
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